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大阪地方裁判所 平成10年(ワ)1619号 判決

原告

田尻恵一

被告

伊藤昇

ほか一名

主文

一  被告らは、原告に対し、各自金四一六万〇〇二九円及びこれに対する平成七年五月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを六分し、その五を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告らは、原告に対し、各自金二四一二万一一四四円及びこれに対する平成七年五月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、伊藤昇(以下「被告伊藤」という。)が運転し、被告近畿配送サービス株式会社(以下「被告会社」という。)が保有する普通貨物自動車が歩道上を後進し、歩行中の原告に衝突した事故につき、原告が被告伊藤に対しては、民法七〇九条に基づき、被告会社に対しては、自賠法三条に基づき、それぞれ損害賠償を請求した事案である。

一  争いのない事実

1  事故の発生

左記事故(以下「本件事故」という。)が発生した。

日時 平成七年五月九日午後六時一五分頃

場所 大阪市天王寺区生玉前町一番一八号先路上(以下「本件事故現場」という。)

事故車両 普通貨物自動車(なにわ一一き六一九六)(以下「被告車両」という。)

右運転者 被告伊藤

右保有者 被告会社

歩行者 原告

事故態様 被告伊藤が被告車両を南から北に向けて歩道上を後退運転中、南から北に歩行中の原告に衝突した。

2  被告会社の責任原因

被告会社は、本件事故当時、被告車両を保有し、これを自己のために運行の用に供していたものである。

3  入通院状況等

(一) 原告は、第一腰椎椎体圧迫骨折等の傷病名で、次のとおり入通院した。

(1) 辻外科病院 平成七年五月九日から同月一七日(九日間入院)

(2) 南港病院 平成七年五月一七日から平成八年四月三〇日(入院七二日間、実治療日数二一七日)

(二) 原告の症状は、平成八年四月三〇日固定したと診断され、被害者請求の結果、後遺障害等級一一級七号と認定された。

4  損害の填補 合計五一一万円

(一) 原告は、本件事故に関し、自賠責保険から、四五一万円の支払を受けた。

(二) 原告は、本件事故に関し、被告らから、六〇万円の支払を受けた。

二  争点

1  本件事故の態様(被告伊藤の責任原因)

(原告の主張)

被告伊藤には、後方不注視の過失がある。

(被告伊藤の主張)

争う。

2  原告の傷病の有無

(原告の主張)

原告は、本件事故により第一腰椎椎体圧迫骨折の傷害を負った。

(被告らの主張)

本件事故の接触は低速度のものであり、後退運転中の自動車の衝突時の加速度も低く一般には人体に重篤な打撃を与える態様のものではなく、本件事故は軽微なものであった。

原告の訴える症状は虚偽ないし過大であり、百歩譲ってこれらの症状が存在するとしても本件事故との間に因果関係はない。

X線所見上も第一腰椎椎体圧迫骨折はない。

2  原告の損害額

(原告の主張)

(一) 治療費 九三万一八八七円

(二) 入院雑費 一〇万四〇〇〇円

(三) 休業損害 四七五万六一一六円

(四) 後遺障害逸失利益 一六〇八万九一四一円

原告の後遺障害は、自賠責保険に用いられる後遺障害等級表一一級七号(脊柱に奇形を残すもの)に該当し、労働能力喪失率は二〇パーセントである。基礎収入を平成八年度賃金センサス産業計・企業規模計・学歴計男子労働者(五〇歳ないし五四歳)の平均賃金である年額七三二万五九〇〇円とし、稼働期間を一五年間(症状固定時五二歳)として後遺障害逸失利益を算定すると、次の計算式のとおりとなる。

(計算式) 7,325,900×0.2×10.981=16,089,141

(一円未満切捨て)

(五) 入通院慰謝料 一七五万円

(六) 後遺障害慰謝料 三六〇万円

(七) 弁護士費用 二〇〇万円

よって、原告は、被告らに対し、連帯して右損害合計額である二九二三万一一四四円から損害の填補分五一一万円を控除した二四一二万一一四四円及びこれに対する本件事故日である平成七年五月九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うよう求める。

(被告らの主張)

争う。

第三争点に対する判断(一部争いのない事実を含む)

一  争点1について(本件事故の態様)

1  前記争いのない事実、証拠(乙一八1ないし3、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

本件事故現場は、大阪市天王寺区生玉前町一番一八号先路上であり、その付近の概況は別紙図面記載のとおりである。

被告伊藤は、平成七年五月九日午後六時一五分頃、被告車両を運転し、運んできた商品を降ろすため、別紙図面〈1〉地点においてサイドミラーで後方を確認の上、時速約五キロメートルで歩道上を後進し始めたが、同図面〈×〉地点で同方向に歩行中の原告にその背面から衝突した(右衝突時における被告車両の位置は同図面〈2〉地点、原告の位置は同図面〈ア〉地点である。)。被告伊藤は衝突するまで原告に気づかず、「ドン」という衝突音を聞いてブレーキをかけた。被告車両は同図面〈3〉地点に停止し、原告は前のめりに倒れた後、付近のビルの階段まで逃げてしゃがみこんだ。

以上のとおり認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

2  右認定事実によれば、本件事故は、被告伊藤が後方の安全を確認して進行すべき注意義務があったにもかかわらず、これを怠ったまま漫然と後進した過失のために起きたものであると認められる。

二  争点2について(原告の傷病の有無)

1  治療経過等

証拠(甲三ないし七、一三ないし一五、一六、乙三、四、六1、2、一五1、2、一六、一七、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

原告(昭和一九年一月二三日生、本件事故当時五一歳)は、本件事故前の平成七年一月二五日、追突事故(以下「前件事故」という。)に遭い、辻外科病院にて、外傷性頸部頭部症候群、左肩・腰部打撲、第五腰椎椎体骨折等の傷病名により、入通院治療を受けた。平成七年五月二日には、前件事故の当事者であると訴外山下との間で、同月三一日までの治療費を訴外山下の方で負担すること、後遺障害が生じた場合には自賠責保険会社に直接被害者請求することを内容とする示談(以下「前件示談」という。)が成立した。本件事故は、原告が辻外科病院に治療に行った帰りの出来事であった。

原告は、本件事故当日である平成七年五月九日、救急車で辻外科病院に搬送され、後頭部・腰臀部打撲傷、第一腰椎損傷、外傷性頸部頭部症候群の傷病名で診療を受け、入院となった。初診時、第一腰椎の骨折ははっきりしなかったが(そのため、腰椎に関する傷病名は一応第一腰椎損傷とされた。)、第一腰椎の棘状突起痛が非常に強く、可動制限があり背痛もきつかった。後頭部には五センチメートル×五センチメートルの大きな血腫があった。その外、臀部を打っており、臀部の筋肉のあたりで打撲傷による腫脹があった。本件事故当時は、前回事故による腰痛についてはほとんど良くなっていたが、本件事故後、大分厳しく再現された形となった。入院中も第一腰椎の骨折ははっきりせず、同月一七日に退院し、南港病院に転医することとなった。

南港病院では、平成七年五月一七日のX線写真において第一腰椎椎体部の腹側面に圧迫骨折を示唆する所見が認められたため、傷病名に第一腰椎椎体圧迫骨折が掲げられた。原告は、同病院に同日から同年七月二七月までの七二日間入院し、その後平成八年四月三〇日まで通院して腰痛のリハビリ治療を受けた。

南港病院の本地川医師は、平成八年四月三〇日に原告の症状が固定した旨の後遺障害診断書(平成八年六月二八日付)を作成した。右診断書には、傷病名として、第一腰椎椎体圧迫骨折、頭部外傷、頸部・背部挫傷、右第一趾挫創が掲げられ、自覚症状としては背部痛、頸部痛、右下腿のひきつりがあるとされ、他覚症状及び検査結果としてX線写真上第一腰椎に椎体の軽度楔状変形を認めると記載された。

その後、原告は、自賠責保険会社に被害者請求をしたところ、自算会調査事務所は、資料を検討の結果、受傷態様の腰臀部打撲傷から腰部椎体に上下方向の圧力が加わったと推定されること、受傷日X線写真上第一腰椎に楔状圧迫骨折が認められ、約三か月後のX線写真上楔上変化が認められたことから本件事故による外傷に起因する第一腰椎椎体圧迫骨折が認められると判断し、後遺障害等級一一級七号(脊柱に奇形を残すもの)に該当すると認定し、これを受けて自賠責保険会社である東京海上火災保険株式会社では、後遺障害等級一一級七号と認定した上で、原告に対し、一一級相当の保険金を支払った。

以上のとおり認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

2  後遺障害・症状固定時期

右認定事実によれば、原告の症状は、第一腰椎椎体圧迫骨折を残し、平成八年四月三〇日に固定したものであり、その後遺障害は、自賠責保険に用いられる後遺障害等級表一一級七号(脊柱に奇形を残すもの)に該当するものと認められる。この点、被告らは、原告に第一腰椎椎体圧迫骨折は存しないと主張し、これに沿う医師の意見書(乙一四、東京海上メディカルサービス株式会社医療部長医師佐藤雅史作成)を提出する。しかし、同じ画像を見て南港病院の医師は第一腰椎椎体部の腹側面に圧迫骨折を示唆する所見が認められると判断しているし、自賠責の顧問医も受傷日のX線写真上第一腰椎に楔状圧迫骨折が認められ、約三か月後のX線写真上楔上変化が認められたと判断していることに照らすと、腰椎部の画像は少なくとも第一腰椎椎体圧迫骨折があると判断してもおかしくはないものであると認められる。加えて、本件事故態様によれば、原告は後頭部や腰臀部に後ろからの衝撃を受けて前のめりに倒れたのであるから、腰付近を急激に前方向に折り曲げる力を受けたこと、本件事故直後、第一腰椎の棘状突起痛が非常に強かったことを考え併せると、右に述べたとおり、第一腰椎椎体圧迫骨折があると認定することができ、この点に関する被告の主張を採用することはできない。

3  寄与度減額

被告らは、本件事故と原告の症状との間の因果関係を争っているから、いわゆる寄与度減額を黙示的に主張しているものと解される。

原告は、〈1〉前件事故により第五腰椎椎体骨折の傷害を負っていること(前認定事実)、〈2〉前件示談の際、平成七年五月三一日までの治療費を訴外山下の方で負担し、後遺障害が生じた場合には自賠責保険会社に直接被害者請求することを内容としたこと(前認定事実)、〈3〉本件事故は、辻外科病院に前件事故による治療を受けに行った帰りに起きたものであること、〈4〉辻外科病院では、前件事故にかかる診療録において、原告につき、大した所見はないが、症状の多い人であるという指摘がなされていること、〈5〉辻外科病院では、前件事故につき後遺障害診断書を書くことができると判断しているが、他方で本件事故当時は、前回事故による腰痛についてはほとんど良くなっていたが、本件事故後、大分厳しく再現された形となったと判断していること(乙三、六2)を総合的に考慮すると、原告は、平成七年五月三一日までを目途として前件事故による症状が固定し、さほど重くはないものの後遺障害を残すことが予想される状態であったと推認される。

右認定事実によれば、原告の症状の発現及び継続については、本件事故による影響のみならず、前件事故によるもの、さらには原告の心因的要素の影響が相当程度存したと認められるから、民法七二二条二項の類推適用により二五パーセントの寄与度減額を行うのが相当である。

三  争点3について(原告の損害額)

1  損害額(寄与度減額前)

(一) 治療費 九三万一八八七円

原告は、本件事故による治療費として九三万一八八七円を要したと認められる(甲八ないし一一)

(二) 入院雑費 一〇万四〇〇〇円

原告は、平成七年五月九日から同年七月二七日まで合計八〇日間入院したから(前認定事実)、右期間の入院雑費として、一日あたり一三〇〇円として合計一〇万四〇〇〇円を要したと認められる。

(三) 休業損害 二九九万三〇七三円

原告は、前件事故当時、株式会社テイサンキャブ大阪のタクシー運転士として稼動し、一日あたり一万三六六七円の収入を得ていた(甲一二)。

前認定事実によれば、原告は、本件事故日である平成七年五月九日から同年七月二七日までの八〇日間は完全に休業を要する状態であり、その後の症状固定日である平成八年四月三〇日までの二七八日間は平均して五〇パーセント労働能力が低下した状態であったと認められる。

以上を前提として、原告の休業損害を算定すると、次の計算式のとおりとなる。

(計算式) 13,667×80+13,667×0.5×278=2,993,073

(四) 後遺障害逸失利益 三〇四万七七四六円

前認定のとおり、原告の後遺障害は、自賠責保険に用いられる後遺障害別等級表一一級七号に該当するが、第一腰椎椎体骨折が画像上必ずしも明瞭な程度のものではないことを考慮すると、原告は、右後遺障害によってその労働能力の一四パーセントを症状固定時(五二歳)から少なくとも五年間にわたり喪失したものと認められる。

原告の逸失利益算定上の基礎収入は、前記のとおり一日あたり一万三六六七円であるところ、新ホフマン式計算法により、年五分の割合による中間利息を控除して、後遺障害による逸失利益を算出すると、次の計算式のとおりとなる。

(計算式) 13,667×365×0.14×4.364=3,047,746

(一円未満切り捨て)

(五) 入通院慰謝料 一三五万円

本件事故によって原告の被った傷害の程度、治療状況、その他本件に顕れた一切の事情を考慮すると、右慰謝料は一三五万円が相当である。

(六) 後遺障害慰謝料 三四〇万円

原告の後遺障害の内容、程度、その他本件に顕れた一切の事情を考慮すると、右慰謝料は三四〇万円が相当である。

2  損害額(寄与度減額後)

右1(一)ないし(六)の合計は、一一八二万六七〇六円であるところ、前記の次第で寄与度減額としてその二五パーセントを控除すると、八八七万〇〇二九円となる(一円未満切捨て)。

3  損害額(損害の填補分控除後)

原告は、本件事故に関し、自賠責保険から四五一万円、被告から六〇万円の支払を受けているから、寄与度減額後の損害額からこれらの填補分を控除すると、残額は三七六万〇〇二九円となる。

4  弁護士費用 四〇万円

本件事故の態様、本件の審理経過、認容額等に照らし、相手方に負担させるべき原告の弁護士費用は四〇万円をもって相当と認める。

5  まとめ

よって、原告の損害賠償請求権の元本金額は四一六万〇〇二九円となる。

四  結論

以上の次第で、原告の請求は、被告らに対し、連帯して四一六万〇〇二九円及びこれに対する本件事故日である平成七年五月九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるので、主文のとおり判決する。

(裁判官 山口浩司)

別紙

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